不登校から社会的ひきこもりに移行させないために、その課題について考えあいましょう
不登校からの立ち上がりが十分でなかったのは、基本的に教育行政に重大な問題があるためです。また、保護者や教職員などの理解や対応と援助のしかたに不十分さがあるように考えられます
不登校の子どもをひとりの人として尊重しながら、適切な対応と援助をするとともに、ゆき届いた支援をすすめ、子ども本位の教育行政に改めるように考えあいましょう
2014年4月
発行 NPO法人おおさか教育相談研究所
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不登校から社会的ひきこもりに移行させないために
その課題について考えあいましょう
2014年4月
NPO法人 おおさか教育相談研究所
はじめに
2010年の内閣府の推計によれば、今日のいわゆるニートの圧倒的多数を占めている15歳から39歳までの社会的ひきこもりの人々は、26万家族、約70万人(当該人口の1.79%)といわれています。また、最近では本人とその親が高年齢化してきているケースが増え、親亡き後の生活を考えなければならないなど事態はいっそう深刻になってきています。
社会的ひきこもりになった経緯は、個々のケースについてはさまざまですが、多くのケースについてみれば、おおむね2つに分けられます。1つは成人になってから社会的ひきこもりになった場合、2つ目は不登校(注1)がもとになっている場合です。
これらは、年齢や生活歴などは大きく異なっていますが、その要因の背景には共通点があります。人をひととして処遇しないで単に人材(もの)として扱い、厳しい管理と激しい競争を強要し、その結果に対しては「自己責任論」で諦めさせるというなかで起きている「生きづらさ」です。
たとえば、最近増えている「働きざかりの社会的ひきこもり」とも関係が深いブラック企業や、それに近い扱いを受けている非正規労働などは、その典型例です。すなわち、「お前の代わりはいくらでもいる」という企業側の考え方から、働く人に対して無権利状態のもとで過酷な競争と労働を強制して、心と体が壊れるまで使うという働かせ方です。
こうした状況のなかで、小学校・中学校および高等学校の児童・生徒の不登校が、毎年17万人以上の規模で経過しています。社会的ひきこもりになっている多くは、この不登校の経験者です。それは、それぞれの時点で十分な社会参加(再登校)を果たすことができる状態まで立ち上がっていなかったためです。また、高等学校を中途退学して社会的ひきこもりになっているなかにも、不登校の経験者が多く見られます。
そのため、ニートや社会的ひきこもりの問題を考えるときに、社会的ひきこもりの人々のなかに不登校の経験者が多数含まれていることは、不登校の児童・生徒に対する支援のあり方を考える上で、重要な課題が見落とされているように思われます。
わたしどもの研究所(前身は大阪教育文化センター「親と子の教育相談室」)では29年前に創設した当初から、このような課題があることも考慮しながら不登校の子どもたちが十分に立ち上げるために必要な対応と援助のあり方について、実践的な研究を進めてきています。
その結果、適切な対応と援助をすればどの子も必ず立ち上がるということに確信をもちました。そこで、それまでの実践を理論化して「登校拒否を克服する道すじ」という冊子を発行して、全国に向けて25,000部余りを普及し、関係者に喜ばれています。
一方、わたしどもの相談室では、対応と援助のあり方という面では基本的に不登校から社会的ひきこもりにならない成果をあげてきています。また、相談を受理した時点で社会的ひきこもりになっていたケースについても時間こそかかりますが、他の機関と連携するなどして、ほぼ全員が社会参加をしています。
わたしどもの研究所では、この不登校から社会的ひきこもりにならないようにするにはどのようにすればよいかという立場から、不登校から社会的ひきこもりになったケースの要因を調査・分析し、共通した問題点を整理して解決のあり方の検討を行いました。
以下に、それぞれの内容を提起します。
不登校からの立ち上がりが十分でなかったのは、基本的に教育行政に重大な問題があるためです。
また、保護者や教職員などの理解や対応と援助のしかたに不十分さがあるように考えられます。
調査については、わたしどもの相談室で社会的ひきこもりの相談を受理する時点において、不登校から社会的ひきこもりになっていた72%(注2)のケースの主な要因を分析し、つぎのようなことが分かりました。
この問題を抜本的に解決すべき立場にある文部科学省をはじめとする教育行政に重大な問題があることです。また、保護者や教職員などの理解や対応と援助の仕方の不十分さなどが見受けられます。
それは、子どもたちに対して進路上で立ち止まったり、進路をやり直すことをよしとしない社会的な風潮に加えて、不登校は子どもや保護者の責任であるとする誤ったとらえ方などの影響によるものと思われます。
それぞれについての主な内容を上げてみれば、つぎのようです。
1 学校の取り組みを困難にしている教育行政上の問題
(1) 文部科学省や教育委員会は、教育の条理に沿った民主教育をすすめて「生きづらさ」を取り除く必要があります。しかし、現状は厳しい管理と激しい競争の教育を押し付け、不登校が発現しないようにする抜本的な教育施策はとられていません。
(2) 文部科学省による教員評価や学校評価などの学校統制と不登校の「学校復帰を促す」重点指針は、学校として大切な教職員の集団的とりくみをいっそう困難にしています。
各地の教育委員会が実施している不登校の「ゼロ作戦」や「半減目標」などの教育の条理になじまない数値目標化、不登校の子どもを出したクラス担任へのマイナス評価などによって、各学校では教職員の良心にしたがって子どもの状態に応じた指導と援助ができにくい状況が生まれています。
(3) 学習の遅れをともなって再登校した、児童・生徒に対する学力保障と進路保障の観点に立った施策が、全国的に極めて不十分です。
主に、子どもたちを再登校に導くための措置として適応指導教室のほかに学校へのスクールカウンセラーやソーシャルワーカーの配置、大学生などを含む支援員の制度などがありますが、それも極めて不十分です。
こうしたなかで、不登校による学習の遅れに対する対応については、いまだにごく一部の自治体にとどまり、ほとんどの自治体で実施されていません。そのため、子どもたちには学習の遅れが理由で、つぎの段階への社会参加が困難になっているケースが多く見られるのです。
2 保護者や教職員などの関係者に関わる問題
(1) 不登校という状態についてのとらえ方が適切でないために、対応を誤って深刻になっているケースが多くあります。
それは社会のなかで起きている問題でありながら、その原因は子ども本人にあるという考え方をしているためです。その結果、怠け・病気・学校に対する不適応などととらえてしまい、子どもとの信頼関係を損ねてゆきづまっているのです。
(2) とらえ方に問題はなくても適切な対応と援助がなされていないことから、深刻になったケースも多くあります。なかでも、つぎのような理由によるものが多く見受けられます。
① 保護者による援助の重要性とその具体的な援助のしかたが行き渡っていないことから、保護者が不適切な対応をして子どもの状態をこじらせてしまい、長期化する原因の1つになっています。
② 社会参加(再登校)する際に共通して必要な「独自の対応と援助」のしかたが不十分であるために、再登校が定着しにくくなっています。特に新たな進学先などで再登校する場合については、一部の学校を除いてはその対応と援助がほとんど考えられていないように思われます。
③ いじめや発達障害に起因するケースにおいては、その状態や特性に応じた援助 と指導が不十分であることから、社会参加に困難が生じています。
④ 前述のように、本人に原因があるとする考え方も関係して、不登校の子どもをひとりの人として尊重する姿勢が弱いか、もしくはそうした姿勢がないために、援助の効果が上がりにくいままになっています。
不登校の子どもをひとりの人として尊重しながら、適切な対応と援助をするとともに、ゆき届いた支援をすすめ、子ども本位の教育行政に改めるように考えあいましょう。
1 主に保護者や教職員など関係者にかかわる課題
適切な対応と援助をすすめるためには、子どもと支援のあり方を、つぎのように理解しあうことが大切です。
(1)多くの事例が示すとおり、不登校は「生きづらさ」の訴えであることです。
(2)その「生きづらさ」の根本原因は、日本の社会にあります。そのことは文部科学省が諮問した「不登校問題に関する調査研究協力者会議」の答申(2003年)の「基本姿勢」の項で、「不登校については特定の子どもに特有の問題があることによって起こることではなく、どの子にも起こりうることとしてとらえ、理解を深める必要がある」と述べているとおりです。
(3)不登校の期間はそれまでの疲れを癒すだけの場合もありますが、多くはその後自分らしく生きるために必要な「新たな自分づくり」をしているのです。
(4)そうしながら立ち上がっていくのは、子どもが生まれながらにして持っている「自己回復力」と「自己成長力」によるものです。
(5)子どもがこうした力を遺憾なく発揮することができるようになるためには、「安心と安全」が継続して保障されていなければなりません。そのため、すべての支援者は、不登校の子どもをひとりの人として尊重しながら、「指導」ではなく「援助」の立場に立って接することが重要です。
(6)こうした援助は、子どもが社会参加(再登校)を果たすまでは、保護者が中心になって行い、学校と教職員はそれを支え・励ます立場に立つことです。それは、子ども自身が「新たな自分づくり」をして立ち上がるためには、保護者としての役割を果たして欲しいと強く望んでいるからです。
(7)子どもが再登校をするときは、そのときに共通して必要な「独自の対応と援助」を、保護者・学校・専門家の三者が連携して行うことが効果的です。
(8)再登校後の援助の主役は、学校です。その役割は学校が保護者と連携しながら果たします。したがって、子どもが、新たな進学先などで再登校をする場合は、当該の学校は前籍校とも連絡を取りながら援助と指導を行うことが望まれます。
(9)いじめや発達障害による不登校の場合は、それ以外の理由による不登校の場合と違って、社会参加が近づいた頃から、その状態と特性に応じた指導と援助が別途必要になることがあります。
2 教職員や関係者がゆき届いた支援をすすめるために
子どもと保護者に対してゆき届いた支援をするために、すでにこれまで行われている支援に加えて、つぎのようなとりくみが大切であると考えます。
(1)不登校とはどのようなことかについて、改めて深く理解しあうことです。
(2)「生きづらさ」の視点からの、適切な対応と援助のあり方について、もっと広める必要があります。
(3)教職員に対し、不登校についての十分な研修の機会を保障することが特に大切です。
(4)学校では、不登校について教職員が集団的にとりくむ態勢をつくることが求められます。
(5)子どもへの援助に当たっては、保護者と教職員がしっかり連携することが重要です。
(6)子どもと保護者の居場所をさらに整備することが求められます。とりわけ親の会を兼ね備えたような居場所の新設が急がれます。
(7)不登校の子どもの支援者を養成することも大切です。
(8)地域の民生児童委員にも理解を求め、もっと協力が得られるようにすることです。
(9)関係する地域の相談機関、居場所、若者サポートステーションなどの社会資源のネットワーク化を図ることが求められます。
3 教育行政などが果たすべきこと
いまの学校は、格差が拡大するなかでさまざまな課題を抱えた児童・生徒が増大してきているにも拘わらず、相変わらずこれまでどおりの多いクラス定員のままで、少ない教職員による教育が強いられています。そのうえ、教育統制をすすめるための報告事務などに起因する多忙化も加わり、教職員には子どもの状態に応じた指導ができにくい状況が常態化しています。
また、教職員の労働時間は厚生労働省も「過労死危険ライン」であると指摘して久しいのです。事実、多くの教職員が恒常的に体の不調を訴え、病気休職に追い込まれています。しかし、そうしたなかでも教職員は、子どもを守りながら使命をまっとうしようと日夜子ども本位の教育を目指して懸命に努力を重ねています。
こうした非人間的で非教育的な過密労働を解消し、次代を担う子どもたちに対して責任を持ってゆき届いた教育を保障するためには、教育行政は当面つぎのような改善を行うことが急務です。
(1)文部科学省は、日本国憲法と子どもの権利条約に基づく子どもの権利を保障し、不登校が発現しないような抜本的な施策を推しすすめるべきです。
(2)文部科学省は、さしあたり厳しい管理と激しい競争を強める教育政策を見直し、不登校についての方針を「学校復帰を促す」重点指針から、「子どもの自立を促す」重点指針に改めることが肝要です。
(3)各地の教育委員会は、教育の条理に沿わない数値目標のような不登校の「数減らし」の方針を改め、教職員の労働条件を含む教育条件の改善をはかることによって、学校と教職員が子どもの状態に応じたあたたかい指導と助言ができるようにすべきです。
(4)教育委員会は、教職員が不登校の子どもにゆき届いた援助と指導ができるようにするためにも、つぎのような改善をはからなければなりません。
①現在多数を占めている非正規雇用の教職員を正規雇用の教職員で充当し、少人数クラスに改編するとともに教職員の定数を増やす。
②スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー、支援員の配置を増やすとともに、子育て相談室や発達支援センターなどの態勢を充実・強化する。
(5)教育委員会は、貧困などに起因する保護者の情報不足や支援の遅滞について、特段の配慮を行う必要があります。
(6)現行の「適応指導教室」や「別室登校」などの役割については、単に子どもを段階的に再登校に導く手段としてではなく、子どもの「新たな自分づくり(自立)」を援助する方向に改めることです。
(7)教育委員会は、再登校を果たした子どもに対して、学力保障と進路保障をする観点から、子どもが学習の遅れなどを取り戻すために必要な条件整備を急がねばなりません。
8)国と自治体は、不登校の子どもたちの自立支援にかかわる支援団体に対して、単年度ごとの助成ではなく、継続した助成制度を早急に創設することが必要です。
以上
(注1) このたび登校拒否でなく、不登校という用語を使用したことについて
わたしどもは、日常的には登校拒否という用語を用いています。それは「登校拒否は学術用語で、自分を守るためにその学校から退避するという意味が含まれているとともに、なぜ自分を守らなければならないような状況が学校に起きているのかという問題提起もしている」からです。
しかし、この度はこの訴えをお読みいただく大多数の方々が、不登校という用語になじんでおられることを考慮して、あえてこのようにした次第です。
(注2) 不登校からの社会的ひきこもりが72%になった根拠
近年わたしどもの相談室では、社会的ひきこもりの相談の申し込みが年々増加してきています。この調査は、全体の相談申し込みに占める割合が50%を超えた2011年度以後の3年間についてのものです。
この間に受理した社会的ひきこもりの件数は129件で、そのうち不登校から社会的ひきこもりになっていた件数は93件でした。その結果、この値になったものです。